花の旅・花の寺 全国各地の花めぐり

四季折々に美しい表情を見せる日本。 全国各地、花の咲く寺を巡って日本を再発見しませんか。

不埒者の寺社めぐり 妙満寺

「うちは比叡おろしですねん
あんさんの胸を雪にしてしまいますえ」

1970年前後だったか、六文銭というフォークグループが唄った、
「比叡おろし」という歌である。

リフレインこの二行が印象的で、冬、比叡山というとこのフレーズを思い出す。
比叡おろしとは京都と滋賀にまたがってそびえる比叡山から吹き下ろす北風のことだ。
その比叡おろしが吹く寒い日に、のこのこと京都、妙満寺に行って来た。
地下鉄「国際会館」駅から徒歩で向かう。
閑静な住宅街の中、車も人影もまばらな道を20分。
寒い。ただでさえ寒いのに、比叡山が間近に見えるので寒さが倍加する。



寺門をくぐると作務衣の坊さんがしゃがみこんでなにやら作業をしていた。
他に人影はない。
観光客の姿が見えないのは、
あんさんの胸を雪にしてしまう恐ろしい女を恐れてのことか。



境内に入ってすぐに目につくのが左手に立つ異様な塔。
いきなりインドである。
仏舎利大塔といい、インドのブッダガヤ大塔に倣い1973年に建てたものだそうな。
ブッダガヤとはインドの地名で、釈迦が悟りを開いた地だ。
そのブッダガヤにある大菩提寺(マハーボーディー寺)の本堂である大塔こそが、
全世界仏教徒にとって最高の聖地なのだ。


●左が本物、右が偽物…いや、妙満寺オリジナル。

 最上階には仏舎利(釈迦の遺骨ですな。遺骨!ウソ!?、
そんなもんあるはずないやろ、と思った不埒者は比叡おろしに胸を雪にされます)。
一階には金色の釈迦像が安置されている。

一般参拝客が入れるのはこの一階だけ。
一階と最上階を除いた中間階は全国の檀家と信徒の納骨堂になっている。
本場インドの大塔と違うのは、
四面の外壁に大小486体の仏像が貼り付いている点。
建立三十三周年記念で、全国の末寺、檀信徒の寄進で設置とのこと。
本物に比べ金色の仏像がいささか品を落としているのは否めない。


線香を持ってこの塔の周囲をぐるりと回るとご利益があるそうだが、
私は得体の知れないご利益はいらんのでとりあえずの一回り。
入口の真裏にあたる南面に、
釈迦が悟りを開いたときに座っていた金剛宝座というものがあった。

台座右に、
「お釈迦さまが悟りを開かれた場所です」
と書かれている。
嘘を書いてはいかん。
釈迦が悟りを開いたのはインドドンドンだ。
「お釈迦さまが悟りを開かれた場所です」とあれば、
どこかのオッチョコチョイが、ココで、と信じるではないか。
それとも、あえて誤解をさせて寺の権威付けを狙っているのか。
あるいは言葉のままに信じ込んだどこかのオッチョコチョイが
「釈迦が悟りを開いたのは京都の妙満寺」などと出鱈目を吹聴すれば、
観光客がどっと押し寄せて…なんて策謀があるのか。
  境内に立ち入っても我が心、清らかにならずである…。

妙満寺法華宗の寺である。
妙法蓮華経であり日蓮なのだが、禅宗の寺のような印象を受ける。
大塔を出て足下を見ると、入る時には気付かなかったのだが、
通り道の石畳以外は、小石を敷き詰め波紋を描いた枯山水風、龍安寺の庭のごとく。
すなわち禅宗寺院で多く見受ける庭園様式なので、そんな印象を持ったのだろう。

本堂をほぼ素通り。ってなにも無いのだから仕方ない。

ただ本堂から見下ろす眺めは良い。右手の山が比叡山

本堂右手に建つ「方丈」に三百円を払って入場。
「本堂内」と「雪見の庭」が見られる。


【本堂内部】

奥に見えるのは雪帽子を被ったような日蓮像。
柵があり、遠目からしか見られないのが残念。
で、手前にあるのが堂内撮影禁止の立て札…て、あかんやないの。
写真がピンボケなのはバチが当ったのだな。

誰もいないと思って傍若無人に振る舞っていたら、
本堂を出る時、一人の若い女性とすれちがった。
女性一人がこんな辺鄙なところに…
さぞかし信仰熱心な人なのだろうと思っていたら、
彼女、ものの一分も立たない内に本堂を出てきた。
なんだ?と見ると、手には一眼レフ。
なるほど、カメラウーマンなのだ。
信仰厚き人でも観光目当ての人でもなかったようだ。
趣味か仕事かわからぬが、
一人休日に寺社巡りをして写真を撮っているのだろう。
しかし、本堂内が写真撮影禁止だからといって、すぐに出て来るか?
「撮れないのか、じゃ、関係ないわ、」という姿勢がいかん。
撮る前に見ろ!ばかもん。
写真を撮る前にモノを見ることをないがしろにしてはいけない。
見て、興味を惹かれて、いいな、と思ってシャッターは切るものだ。
彼女、信仰厚き人でも観光の人でも、
カメラウーマンでもなかったようだ。

【雪見の庭】
俳句の創始者、松永貞徳という御仁が
ここで「雪の会」という句会を催したのがその名の由来。

私は庭マニアではないので、そちら系の評価はできないが、
禅宗の寺の庭の方が好みに合っているのを再認識。

さきほどのカメラウーマンはここでも、
ああでもないと庭にレンズを向け、
アングルを模索してらした…だから、構える前に見なさいって…。



●右の人がカメラウーマン。間に合わなかったが、
彼女、この時、私がiPhoneを構えていると知るや、
さっと一歩下がってくれた。ええ人なんよな。


この座敷の右手、明るい側が雪見の庭になっていて、
緋毛氈上のワラ座布団に座り、
庭を眺めて一句というのが「雪の会」の趣向だったのだろう。

私も当時の俳人達に倣い、座して一句。

「……」

無駄な時間ばかりが過ぎて行くので宝物殿に向かうことにした。


【宝物殿】
何故か「安珍・清姫伝説」の「鐘」があると言う。
あれは和歌山の道成寺だろ。

ちなみに、「安珍・清姫伝説」を書いておくと、
928年。修験者の安珍は福島から熊野に参詣に来て当地で一泊。
宿の娘、清姫は美形の安珍を見て一目惚れ。
女だてらに夜這いをかけて迫るも、安珍は
「参拝中の身としてはそのように迫られても困る、帰りにはきっと立ち寄るから」
と約束をするが、熊野参拝後はこれを無視。
清姫の元に立ち寄ること無くさっさと行ってしまった。

待てど暮らせど来ぬ安珍に、騙されたことを知った清姫は怒り、これを追跡。
道成寺までの道の途中で追い付く。
ところが安珍は再会を喜ぶどころか
「拙僧は別人だ、約束を交わした覚えも無い」と嘘に嘘を重ね、
更には熊野権現(熊野の神様)に助けを求め、
清姫を金縛りにした隙に逃げ出そうとする。
ここまでされる覚えは無い、と清姫の怒り天を衝き、
遂に蛇身に化け安珍をさらに追跡。
びびった安珍は日高川を渡り道成寺に逃げ込んだ。

安珍を追うのは乙女清姫の姿にあらず、
火を吹きつつ川を渡り道成寺に迫る蛇の姿である。
それを見た安珍、相手は化け物、なにか頑丈なシェルターはないかと、
道成寺の梵鐘を下ろしてもらいその中に身を潜めた。
しかし怒りに狂った清姫はこれを見つけるなり、
蛇身を鐘に巻き付け、炎を吐き、鐘を真っ赤に焼き、
安珍を鐘の中で黒焦げ焼死せしめ、それがため死刑の判決を受けると思いきや、
清姫は蛇の姿のまま入水自殺をした。

という、すなわち、思いを寄せた僧の安珍に裏切られた少女の清姫が、
激怒のあまり蛇に変身、道成寺で鐘ごと安珍を焼き殺すという
ストーカー女と虚言癖の僧の話だ。
なんだ三行で済んだ。


しかし、その鐘が何故、京都妙満寺に来たのか、
謂れは何かと資料を読んだ。

それから四百年余後、鐘を失った道成寺はふたつ目の鐘を作り、
その完成式典で白拍子(イベントにつきものの歌舞をする芸人)が鐘に近づくや、
あらら白拍子は蛇に変身。鐘を引きづりおろして日高川へと姿を消した。
それを見た僧達は、これは清姫の祟りに違いないと一心祈念の厄払い。
ようやく鐘は上がったが、清姫の怨念が残るせいか
「なんやこの鐘、なんちゅう音しよんねん、こんなん聞いてたら頭痛なるで」
と言うほど悪音極まりなく、
その音色のせいか近隣に悪病災厄が相次ぎ起こり、
「あかん、こんなん捨てよ」ということで山林に廃棄した。

 それからまた二百年後。
秀吉の家来、千石権兵衛久秀なる人物が打ち捨てられたこの鐘を拾い
「合戦の合図に使う鐘に使えるんちゃうか」とリユース
使用後、京都に持ち帰り妙満寺に納めた。
鐘は日殷大僧正の法華経による供養で怨念を解かれ、
鳴音美しい霊鐘となった。
とのこと。
上記、ウィキペディア妙満寺のリーフレットを
ごちゃまぜにしてまとめたもの故、
他と違う記載もあるとは思うが了承されたし。

ともあれ、これが、鐘がここ妙満寺に来た経緯。
六百年余も続いた女の怨念を、法華経により鎮めたという
…つまり法華経の素晴らしさを説く…という広宣流布の一種だな。


寺を出ると、相変わらず比叡おろしが厳しい。
しかし、市内街中の寺に行った時よりも清々しさがある。

この清々しい心持ちは何処から来るのか。
これは、比叡おろしに吹かれ、
二十分の道のりを歩くことでようよう辿り着く、
寺迄の厳しい道程のおかげではないだろうか。
ほとんど食物屋も土産屋も無い、つまらん道のり…いや、
俗世の欲望を断つ環境は、
この私をして仏心に近づかせしめ、
それ故の清々しさではないか……嘘。


これ以上、比叡おろしに胸を雪にされてはたまらん。
今なら、清姫に鐘の中で適温に温めてもらう方がええわ、
どっかに気の利いた暖かい茶店はないかと探すのであった。


山門回りのつつじ園、大書院を中心とした一角にさくら園。
ほか睡蓮や蓮、紅葉などなど花好きの方には四季折々楽しめそうな寺である。
http://www.kyoto.zaq.ne.jp/myomanji/landscape.htm


(kenmin)